イタズラ電話

海外・国内文学、人文、自然科学などのジャンルを中心とした読書の感想を綴ります。光文社古典新訳文庫、平凡社ライブラリー、講談社文庫、ちくま学芸文庫などが多めです。時たま、古墳散策とタイピングについての記事も。

ホモ・デウス 下:テクノロジーとサピエンスの未来 ユヴァル・ノア・ハラリ(著)

人間至上主義に変わる新たな宗教はデータ至上主義。

人間の特権であった意識=個人の経験が至上の価値観の源だった時代が終わり、自分以上に自分をよく知るデータフローが、あらゆる選択にベストな選択肢を提示する時代が訪れる。

個人の意志決定の価値は失われ、投票と合意に基づいた自由主義も死を迎える。エリート層は経済的価値を失ったその他大勢の人間を見捨てて能力的にアップグレードされた超人へと変化する可能性がある。

特にAIの発達による知能と意識の分離という論点が斬新。絶対的な価値観が揺るがされる感覚が心地よい読書体験だった。

 

ホモ・デウス 下: テクノロジーとサピエンスの未来

ホモ・デウス 下: テクノロジーとサピエンスの未来

 

ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来 ユヴァル・ノア・ハラリ(著)

現代で最も広く受け容れられている宗教「人間至上主義」は、如何にして誕生し、自明の理として共有されるに至ったかを探る上巻。

人類が地上で覇権を握ったのは、多くの人間が幻想を共有する共同主観的な視野を獲得したことにより、柔軟に協調できるようになったから。

人類の躍進の原動力は、科学のみであると考えられがちだが、実際には科学は倫理的問題には結論を出すことができず、多くの人々が受け入れる宗教=人間至上主義と組み合わされることでその真価を発揮してきた。下巻では、人間至上主義に変わる新たな宗教について考察する。

 

ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来

ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来

 

 

【翻訳記事】ギルガメシュ叙事詩の新たな断章が発見される

以下の記事を翻訳した。

www.livescience.com

 

とある歴史博物館と密輸業者の間の取引によって、史上最も有名な物語のひとつ「ギルガメシュ叙事詩」に新たな見識がもたらされた。
新たに発見された一枚の粘土板が、この古代メソポタミア叙事詩のかつて知られていなかった「章」を明らかにした。
この断章が、静かな場所だと思われていた神々の森に、賑わいと彩りをもたらした。また、新たに見つかった韻文は、詩に謳われた英雄が耐えていた内面の葛藤をも明らかにする。

 

イラククルド人地域のスレイマニヤ博物館は、2011年に80から90枚のセットの粘土板を、馴染みの密輸業者から購入した。
非営利オンライン出版 "Ancient History Et Cetera" によればこの博物館は、この手の密室交渉をイラクの歴史地区と博物館から失われた価値ある工芸品を取り戻すために携わっており、それは米主導のイラク侵攻の開始以来行われている。

購入された多くの粘土板の中の一枚が、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院の中近東言語・文化学科の教授である ファラウク・アルラウィの目を引いた。
その楔形文字が刻まれた大型の粘土ブロックは、アルラウィがスレイマニヤ博物館に $800 で合意の上この工芸品を購入するよう勧めた際、まだ泥がこびりついていた。

言語・文化学科の副学科長であり、ギルガメシュ叙事詩の翻訳者でもあったアンドリュー・ジョージの支援のもと、アルラウィはこのタブレットをたった五日間で翻訳した。
スレイマニヤ博物館によれば、この粘土工芸品の年代は古バビロニア時代にまで遡る。
しかしながら、アルラウィとジョージは、もう少し年代は遅く、新バビロニア時代と考えられると述べた。

アルラウィとジョージは即座に、盗まれたタブレットには彼らにとって馴染みのある物語が書いてあると気づいた。
それはギルガメシュの物語であり、古代バビロニア物語の主役級の物語であり、最初の叙事詩にして文学作品であると広くみなされているギルガメシュ叙事詩である。

物語が作られた時代区分により、物語は粘土板の上に刻まれることが多く、各々の粘土板はこの物語の異なるパートが書かれていることが多かった(現代の章分けや韻文のように)。

アルラウィとジョージが翻訳したのは、五枚目の粘土板の、以前は知られていなかった部分であり、ウルクの王ギルガメシュと、神々がギルガメシュと並び立たせる目的で創造した野育ちの男エンキドゥが、杉の森(神々の住処)を、悪鬼フンババを打ち倒すために旅する箇所が伝えられている。

新しく追加されたのは、20行の物語であり、森の様子の描写で満たされている。

「新しい粘土板は、他の粘土板では途切れている箇所も書かれており、さらに杉の森は静謐で穏やかな空き地などではないことがわかった。森は騒がしい鳥とセミで満ち満ちており、猿が木々で叫び声や大声を上げている」とジョージは Live Science にメールで答えた。

優雅な生活のパロディとして、恐るべき悪鬼フンババはジャングルの騒音による不協和音を心踊るものであるかのように感じている。それはジョージいわく「『ジャングル・ブック』のキング・ルーイのように」。
こうした生き生きとした自然の景観の描写は、バビロニアの物語詩では「極めてまれ」であるとジョージは加えた。

それ以外の新たに見つかった文は、この作品の他の箇所でほのめかされていた内容を確証するものだった。
たとえばエンキドゥとフンババ幼年時代には親友であったことや、フンババを殺した後に物語の英雄たちは、少なくとも美しい森を破壊したことについていくらか後悔したことなどだ。

ジョージによれば「ギルガメシュとエンキドゥはバビロニアへ持ち帰るために杉の木を切り倒しているが、新たに追加された文章は森を荒地に変えたことは悪いことであり、神々を狼狽させる行為であるというエンキドゥの後悔を表現しているように読める」という。また、森の描写と同じように、このような生態系への配慮も古代の詩ではきわめて珍しいそうだ。

泥を落とされ完全に訳された粘土板は、今やスレイマニヤ博物館に展示されている。アルラウィとジョージの発見の概要を記した論文は2014年に the Journal of Cuneiform Studies に掲載された。

【読書・人文書】翻訳地獄へようこそ, 宮脇孝雄(著)

ロンドンのホテルで 、ボ ーイ長がアメリカ人の客にいった 。 「リフトはまもなくまいりますので 、お待ちください 」するとアメリカ人の客はいった 。 「リフト ?あ 、エレベ ータ ーのこと 。あれはね 、アメリカで発明された物なんだから 、エレベ ータ ーというのが正しいんだよ 」 「はい 、ですが 、あなたさまがお使いの言葉は英国で発明された物ですので 、リフトと呼ぶべきでございます 」

海外文学を読むと、素人ながら翻訳の苦労に思いを馳せることがある。また、古い翻訳モノを読んでいると一つや二つは意味が掴めないがスルーしても差し支えないような箇所がある、という方も多いだろう。

本書では経験豊富な翻訳家である著者が、翻訳文学を読んでいて疑問に思った表現を一つ一つ取り上げ、その背景に潜む愉快な事実を取り出してくれる。その手腕はまるで名探偵のよう。どうやら翻訳の世界でも「細部にこそ神は宿る」ようだ。

特に興味深かったのは、最近英語圏の読者らに好まれるようになったツイート内容程度の短い小説についての箇所だ。個人的にはデイリーポータルZの小説の書き出し部分だけを投稿する「書き出し小説大賞」を思い出した。

dailyportalz.jp

 

あえて物語の転結にあたる部分を省き、読者の想像力にゆだねるというこれらの作品を、著者はスパムメールの文面と比較していいる。*1

翻訳地獄へようこそ

翻訳地獄へようこそ

 

 

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*1:たとえば「憶えてる ?また会えるかな 。さゆりより 」などというような文面。

【読書・国内文学】消滅世界 (河出文庫) 村田沙耶香 (著)

「婚姻関係」と「恋愛関係」が完全に分離した世界。

そんな世界に暮らす女性「雨音」が主人公の物語である。

作中世界では、戦時中の若年男性人口の減少を受けて開発された技術により、生身の人間同士の「交尾」ではなく、人工授精による出産がマジョリティとなっている。

そんな中、両親の自由恋愛による交わりが出生のルーツである雨音は、変わった出自のために周囲の人間とのあいだに溝を感じることが多かった。

この世界での「恋愛」の対象は、人間はもちろん、各人の性的趣向に合ったキャラクターたちも含まれている。雨音はもっぱらキャラクターたちとの恋愛に夢中なタイプであり、常に持ち歩いているポーチの中には、彼女を形作ってきた四十人ものキャラクターの断片が収められていた。だが、雨音は愛情の対象である彼らを「キャラ」と呼び、消費するかのような周囲の人々の感覚には相容れないものを感じていた。

幼い頃の記憶を辿れば、家を出た父と過ごした日々のアルバムを捲る母の姿と、本人いわく「愛の色」である赤を中心とした悪趣味な内装の実家が思い浮かぶ。前時代的な恋愛結婚時代の価値観を刷り込もうとする母の呪縛を、雨音は身慄いしつつ払いのけようとする。

作中世界での夫婦の関係性は、現実世界での兄弟姉妹のそれに近く、夫婦間の交わりは近親相姦として忌避されているのだ。

やがて雨音も、子どもを育てるための協働関係に変化した夫婦としての生活を営みを始めることになる。夫以外の異性とのうたかたの恋愛関係を結び、恋人との関係がうまくいかないときは、家族である夫の存在に安心感を噛みしめる。そんな日々を送るうちに、妻としての自分の存在意義は、「子宮」にしかないなのではないかとう考えが雨音の脳裏をかすめるようになる。

III 部では、恋愛関係の破綻をきっかけに、雨音たち夫婦は、家族も恋愛も存在しない実験都市へ移住する。

なお古き良き恋愛結婚時代の価値観を押し付ける母との対話、移住後に明らかになっていく夫との家族観・恋愛観の違和感に、雨音は人間という存在のグロテスクさを感じていくが、その結末は…。

 

 

消滅世界 (河出文庫)

消滅世界 (河出文庫)

 

 

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【読書・海外文学】絶望 (光文社古典新訳文庫), ウラジーミル・ナボコフ, 貝澤哉

こんなにうれしいのは、だれかをペテンにかけた場合なんだな。たったいまある人物をみごとにペテンにかけたところだが、だれかって? 読者よ、鏡をよくよく覗いてみるがいいさ、なにせおまえさんは鏡に目がないときてるんだからな。

ビジネスマンのゲルマンは、自分にそっくりの顔を持つ浮浪者フェリックスと出会ったことをきっかけに保険金殺人を企てる。それは本人曰く、完璧な計画殺人と呼ぶべきもの。本作はゲルマン自身による手記の体裁を取った小説だ。

 

ナボコフの作品を読むのはこれが三作目(「カメラ・オブスクーラ」、「偉業」に次ぐ)だが、この作家の名前を聞いてまず思い浮かぶのは、翻訳の妙技を思わずにはいられないような複雑な文体だ。一体、どんな文学史上の地獄めぐりを抜けてきたらこんな文章を紡ぐことができるようになるのだろう。

そして、こんな多様な言語のバックグラウンドを持った作家が、凡人には想像もできないような複雑な起伏を持った言語野の上に作り上げたお城のような小説を、分解して別の土地の上に再構築する仕事というのは、血の汗を流すまで働く馬を何頭揃えれば達成できる事業なのだろう。

我ながら過剰な文章になってしまった感があるが、これもきっとナボコフの文章を読んだばかりだからだろう。だがナボコフの文章を真似た、などと書くほど恥を知らない訳でもない。話は逸れるが、「もしも有名作家◯◯が××をしたら」の類の仮定法の遊びは好きなのだが、どうも不得意なようで、自身満々にその手の小話を披露しても、多くの場合遊び相手になってくる恋人からはあまりいい反応を得られない。これは恐らく、その作家の作品群について自分独自の解釈をしてしまっているか、または単に作品の読み込みが足りず、思い浮かんだ有名どころの文章から得た印象を一般化してしまっているからなのだろう。これではただの知ったかぶりであり、舌の根も乾かぬうちに赤っ恥をかくのがオチである。

自分の思い上がりを戒めたところで作中に話を転じれば、主人公ゲルマンの自身の能力への絶対的な自信は揺るがないということに気づく。特に妻のリーダの凡庸さを引き合いに出して、自惚れるような描写が多い。ではこの男は本当にそれほど有能なのだろうか?というのが本作を読む上でのポイントのようだ。

この作品がゲルマン自身による手記という体裁である以上、読者自身も本人の言を信じるしかないというのがこの作品の一種の「叙述トリック」であり、ミソであるという点は解説でも触れられており、納得できた。

偉そうなことを書いているが、正直なところ終盤に差し掛かるまではゲルマンのこうした虚勢を見抜けてはいなかった。まぁいかに凡庸と言っても、ナボコフの文体を借りた凡夫なのだから、見破れなくとも勘弁して欲しいところである。

実際のところ一介の凡夫に過ぎない者が自分の矮小さに気づかぬまま取り返しのつかない悪事に手を染め、自分の書いた筋書き通りに事を運ぶことが可能であると本気で信じてしまったらどうなるのか。

ゲルマンが自らの手記に「絶望」というタイトルをつけるに至るまでの経緯は、読んでからのお楽しみである。

 

絶望 (光文社古典新訳文庫)

絶望 (光文社古典新訳文庫)

 

ここ数年フォローしている有名読書ブロガーの読書猿さんによれば、長らく絶版だったナボコフの文学講義が最近復刊したとのことなので、こちらもぜひ読んでみたい。

【読書・一般向け技術書】ブロックチェーン入門(ベスト新書) 森川 夢佑斗 (著)

アクセンチュアによれば、分散型台帳技術(distibuted ledgers)はビジネス成功に欠かせない新たなテクノロジートレンド「DARQ」の一角とされている。

https://www.accenture.com/jp-ja/insights/technology/technology-trends-2019

今回ご紹介するのは、暗号通貨の基礎として知られるブロックチェーン=分散型台帳技術の入門的内容を扱った一冊だ。

序章では、取引記録の連鎖=ブロックチェーンが、中央管理者を必要とせずに記録の改ざんが困難な取引を実現するからくりが明確に説明されている。暗号通貨の文脈でしばしば目にする「マイニング」についての解説も明快だ。

また、ブロックチェーンが実現する堅牢な取引に加えて仲介者が不在の自動取引を実現するスマートコントラクトおよびスマートオラクルにより、産業のパラダイムシフトが実現する可能性についても述べられている。

暗号通貨といえばここ数年は投機の対象としてもてはやされることが多かったが、バブルも弾けた感のある今日この頃、ひところの熱気は失われつつあるのかもしれない。だが本書では短期的な盛衰にとらわれず、長期的に見た成長産業としてのブロックチェーンの魅力が存分に語られている。

我々は技術を短期的には過大評価し、長期的には過小評価するという戒めの言葉を思い浮かべつつ、今後もブロックチェーン周辺の技術には多いに注目していきたい。

ブロックチェーンにより後押しされた分散型台帳技術は、「通貨」や「信用」、「賃金」、ひいては「国家」といった、人類の歴史の中で緩やかに形成されてきた概念を短期間でアップデートする可能性を秘めている。

生まれや育ちではなく、主義や信条によりコミュニティを選ぶ自由をもたらすかもしれない重要な技術であることがわかる。

 

ブロックチェーン入門 (ベスト新書)

ブロックチェーン入門 (ベスト新書)