イタズラ電話

海外・国内文学、人文、自然科学などのジャンルを中心とした読書の感想を綴ります。光文社古典新訳文庫、平凡社ライブラリー、講談社文庫、ちくま学芸文庫などが多めです。時たま、古墳散策とタイピングについての記事も。

【読書・国内文学】手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ 藤田 祥平 (著)

ネットゲームで世界4位にまで上り詰めた伝説的ゲーマーによる半自伝的青春小説である。

帯の煽り文句によれば、著者は母親が自殺した瞬間もネットゲームに興じていたのだという。言うまでもなく、常軌を逸したのめり込みぶりである。この煽り文句だけを読むと、今作はいわゆる「ネトゲ廃人」の転落と更生の記録のような内容ではないかと想像する方も多いだろう。

だが実際のところ、この半ば自伝であり、半ばポストモダン小説であるかのような作品の主人公=著者は、単なる熱狂的なゲーマーではない。この作品はむしろ、ある作家の卵が自らの創作能力によって人生の傷を癒す物語として読めるのではないだろうか。

きっかけという呪い

学問、スポーツ、芸術など、どのような分野でも、大成した人物には「人生を変える瞬間」があったと語られることが多い。それはあたかも天啓のようであり、望むと望まぬとに関わらずにそれ以降の人生を決定づけてしまう呪いのようでもある。

 

著者の場合、それはカフカの「変身」を読んだときだった。善が悪を討ち、大団円の結末に向かう類の児童文学しか読み慣れていなかった著者は、この作品に大きな衝撃を受ける。そして、何の説明もなければ救いもない幕切れを迎えるこの作品を読み、「生涯に渡る呪い」にかかったと述懐している。自ら創作に手を出さずにはいられなくなった著者は、両親に頼み込み、当時とても高価だった家庭用コンピュータを入手する。

 

変身 (新潮文庫)

変身 (新潮文庫)

 

 

 そして著者は自然な流れで(?)、第二次世界大戦をモチーフとした一人称視点のネットゲーム「Wolfenstein」にのめり込み、現実世界の生活に支障をきたすようになる。だが実はネット世界にのめり込むきっかけは、ゲームの対戦を通じて知り合った匿名の友人たちが送ってくる文化的媒体(文学作品、音楽、アニメ、映画)によるところも大きい。尽きることのないキャンディボックスを与えられたかのように、著者は世界中から送られてくる作品の数々に夢中になる。だが現実世界でのコミュニケーションも皆無ではなかったようで、中学生当時の恋人の存在も語られる(ほんの一瞬ではあるが)。読者たちは、作中のいたるところで、彼女からと思われるツッコミ(あるいは著者の内的な反省)の声を聞くことになる。

高校生活とその後

ゲームの影響により中学生ですでに不登校がちだったいう著者は、普通科高校ではなく電子通信の専門学科に入学する。だが期待とは異なり、まったく専門科目と関係ない一般科目ばかりの授業内容には辟易し、ひとり窓際で黄昏れる時間を過ごすことが多かったようだ。このあたりは高校生男子に特有の感情が表れていて、少し微笑ましい。

高校の授業内容には飽き足りないものを感じる著者だが、クラスメイトとは馬が合ったようで、クラス内でのファイル共有サーバーの立ち上げや、サーバー運営を任せていた級友の突然の死、サーバーを活用した夏休みの宿題の掃討作戦など、高校生活の日々は著者の青春に彩りを添える、束の間のまぼろしのように描かれている。また、没頭するネットゲーム「Wolfenstein」でも着実に実力を蓄え、強豪ユーザーの仲間入りを果たしていく。この頃筆者は、時間と空間の認識が歪むほどのゲームへの没入感を得ていたようで、まったく思春期特有の集中力は恐るべきものであると感心させられる。ただ、一読者の視点としては、正直なところこのあたりまでは著者や周囲の人物の言動がいわゆる典型的なラノベ育ちの人格のように見え、あまり響いてこなかった。だが物語はここから急展開を迎えることとなる。

二年生へ進級し、期待していた専門科目の授業が始まるが、その内容が市井のパソコン教室レベル以下であることに著者は絶望し、退学を決意する。その決断に対して、父は一定の理解を示したが、母は悲嘆にくれる。退学後は父が社長を務める工場で働きつつ、オンラインゲームに専念することになる。その場面の、父独自の人生哲学が語られる独白は特に印象的であり、ぜひ読んでもらいたい箇所だ。高校一年か二年の息子を持つ父親としては、いささか物分かりが良すぎる気もするのだけれど。

ここで著者は社会一般のレールからは外れたとも言えるが、職場での周囲の大人たちとの交流を経て、独自のペースではあるが成長を重ねていく。ゲーム内で国内有数のプレーヤーにまで成長した著者が、日本代表として海外チームとの世界大会に挑戦するのもこの頃だ。この部分は物語前半部分の佳境といえるだろう。決勝トーナメントで惜敗を喫した筆者は、しばらく抜け殻のようになった後に、大学への進学を決意する。受験勉強のためお世話になった家庭教師とのやりとりでは、著者の性格面のユニークさが際立っていて興味深い。

文学の薫陶を受ける

無事大学受験を突破した著者は、京都とのとある大学の文芸表現学科に入学する。ここでは筆者にとって文芸の師とも言える存在であるセンダと出会うことになる。学年きっての鬼講師として知られるセンダは、文芸評論の初回の授業でカフカの「変身」を扱い、判で押したような学生たちのコメントを「クズだ」と切って捨てる。彼のキャラクターは、最近 amazon prime で観た「セッション」の鬼教官フレッチャーのイメージとだいぶ重なる。後世に名を残すジャズプレイヤーの逸材を生み出すために、苛烈な指導を続けていたフレッチャーよろしく、センダもまた作家を世に送り出すために、妥協を排除した授業を続けていた。

 

セッション(字幕版)
 

 

精神をすり減らすような授業に脱落する学生が続出するが、いい意味で鈍感だった著者は、「秋の月のように明朗な」論理的整合性に基づいたセンダの指導技術に心酔し、また、文学を通じた古今の偉大な精神との対話に深くはまり込んで行く。洋の東西を問わず世界文学に触れ、その作者たちと、あたかもイマジナリーフレンドのように触れ合う日々の描写(鴨川の川べりでボルヘスと思しき人物他に出会う場面がお気に入りだ)には、文学作品への当時の著者の耽溺ぶりがよく表現されている。センダのクラスで出会った才媛・アスカという新たな恋人を得て、何一つ思い煩うこともなく、時が止まることさえ祈りつつ、良き友らと共に文学と恋愛を謳歌する日々は流れていく。

だがそんな充実した日々も、東日本を襲った震災により途切れることとなる。この日を境に、筆者の周囲から色彩が失われ、物語世界に暗雲が立ち込めることになる。物語が次なる局面を迎えるきかっけとなるのは、精神的に不安定だった母が自ら命を絶ったこと場面である。これ以降、著者の記憶は断片的になり、ネットゲームの世界での描写と、現実世界の描写の行き来が連続的になり、二つの世界が入り混じり始める。著者の視点が途切れ途切れに移り変わっていく描写は圧巻であり、作品全体でもっとも印象に残っている箇所でもある。現実では幻想上での母との再会、ゲーム内では中学生時代の恋人の幻影と会話という出来事をきっかけに、徐々に著者の世界の混乱は収束することになる。最後に、一本の電話により、大きな円を描いて物語は閉じる。月並みな表現だが、ゲームのエンドロールを眺めているかのようなエピローグだった。

無論、作中で描かれた著者の半生がどこまで事実に基づいた内容であるかはわからない。だがそれを題材にした作品を書きおろす行為自体は、著者が文学の薫陶により身につけた文芸の技術を用いて、人生を再編集したかのごとき行為といえるだろう。そういった意味でこの作品は、文学の呪いにより道を踏み外した者が、文学を手段として再生を果たすまでの物語と読めるのではないだろうか。

手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ (早川書房)

手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ (早川書房)