イタズラ電話

海外・国内文学、人文、自然科学などのジャンルを中心とした読書の感想を綴ります。光文社古典新訳文庫、平凡社ライブラリー、講談社文庫、ちくま学芸文庫などが多めです。時たま、古墳散策とタイピングについての記事も。

【読書・人文書】ハンナ・アーレント - 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者 (中公新書) 矢野久美子 (著)

アーレントの生涯を通じて、その思索を辿る一冊。 民主主義国家が全体主義に陥る過程は、決して一度きりの悲劇ではなく、戦後の世界でも起こりうる問題であること、 個人を結びつける世界がなくなり、その関係性が「砂漠化」することが、全体主義による人々の組織化を可能にしていることがわかった。

所々で引用されるアーレントの「歴史の歪曲と垢を洗い落とした」言葉遣いからは、その透徹した思考の一端を垣間見ることができる。

 

 

【読書・人文書・世界史】イブン・ジュバイルの旅行記 (講談社学術文庫) イブン・ジュバイル (著)

書記イブン・ジュバイルのメッカ巡礼記。巡礼の最中目にしたものの記述で面白かったのは、エジプトの「ピラミッド」と「老婆の城壁」に関する箇所。

ピラミッドについては、その正体を「コーランに登場する古代のアラブの部族長とその子孫の墓」と考える者がいたらしい。 これは、コーランの記述と関連づけて古代の遺跡を解釈しようという試みで興味深い。

また、現代でもなおその正体について異論があるピラミッドについて、「墓」という解釈がどこから生まれたのかも気になる。

「老婆の城壁」は、ナイルの東岸に 200km 近くも続く城壁であり、「諸道路と諸王国の書」なる書物(なんと魅惑的な名前の書物でしょう)に記された女魔術師こそが「老婆」なのではないかと著者は推測しているという。

他にもメッカの羊肉が地上で最高の食べ物であるとか、カリフのお膝元バグダードの住民は傲慢であるとか(いつの時代も都会人は偉そうなんですね)、当時の風俗に注目して読んでも面白い。

 

イブン・ジュバイルの旅行記 (講談社学術文庫)

イブン・ジュバイルの旅行記 (講談社学術文庫)

 

 

【読書・国内文学】カーブの向う・ユープケッチャ (新潮文庫) 安部公房 (著)

砂の女」の原型となった「チチンデラ ヤパナ」や、方舟さくら丸」のプロローグ的短編「ユープケッチャ」などを含む短編集。

印象的だったのは、結婚相談で出会った男が、太古の地球を再現した閉鎖空間内で子どもを養っている…という「子供部屋」と、娘との関係性を修復するために手練の老人にそそのかされて保険金詐取に手を染める男が主人公の「手段」。

前者での細かい発見として、安部作品でいわゆるお嬢様言葉を使う登場人物を見たのは初めてかもしれない(「箱男」の看護婦なんかはもうちょっとくだけてた気がする)。

 

カーブの向う・ユープケッチャ (新潮文庫)

カーブの向う・ユープケッチャ (新潮文庫)

 

 

【読書・人文書】暴力の人類史 上 スティーブン・ピンカー (著)

気鋭の心理学教授が「暴力」の側面から概観した人類史を扱う一冊。著者の主張は大きく分けて以下の二点。

・その歴史を通じて、人類全体であらゆる種類の暴力(個人間も、集団間も)は減少してきている。

・また、テロや紛争による被害の実態は、現代の悲観的な予想とは反してきわめて小さく、むしろ正確な現状理解が得られていない点が問題である。

こうした誤解が蔓延する理由としては、カーネマン「ファスト&スロー」でも扱われる認知バイアスヒューリスティクスについて言及している。下巻にも期待。

 

暴力の人類史 上

暴力の人類史 上

 

 

【読書・エッセイ】やがて哀しき外国語 (講談社文庫) 村上春樹 (著)

著者には、もっと超然として必然的な選択の結果としての人生を送っている印象を持っていた。 だがこの本の中で語られた内容によると、著者はこれまで度々行く手に困難が予想される選択肢を選び取っているばかりか、作家人生のはじまりはまったくの僥倖だと考えているようで、少し意外に感じた。

作品の執筆は若い頃の肉体労働の生活で身につけた身体感覚に基づいて行なっているという内容と、海外生活は不自由な外国人にすぎない自分、裸のままの自分を感じられるという内容が印象に残った。

 

やがて哀しき外国語 (講談社文庫)

やがて哀しき外国語 (講談社文庫)

 

 

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【読書・国内文学】もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵 椎名誠(著)

のちの昭和軽薄体の片鱗が見える表題作。

東ケト会シリーズファンにはお馴染みの“活字中毒患者”目黒さんが、武術の使い手であり(ここからもう面白い)、口論の末に著者をのしてしまうのが冒頭。その報復に、活字中毒の治療と称して著者の叔父貴の家の味噌蔵に閉じ込められてしまう、というのが流れ。

叔父貴の古い家に住まう人びとからほんのりと漂う狂気、味噌蔵の中を這う「北政府もの」風の架空生物など、随所に椎名テイストを感じた。

後半は世間の雑誌評など。ググったら「主婦の友」新年号は2019年版も似たような表紙なんですねえ。

もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵

もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵

 

【読書・国内文学】女のいない男たち (文春文庫 む 5-14) 村上 春樹 (著)

いろんな事情で女性に去られてしまった / 去られようとしている男たちを題材とした短編集。

風変わりな友人"木樽"とその恋人の関係を通じて、青春の孤独のほろ苦さを感じる「イエスタデイ」、妻に去られ始めたバーに訪れる、捉えどころのない神秘的な"カミタさん"が印象的な「木野」が好き。

女のいない男たち (文春文庫 む 5-14)

女のいない男たち (文春文庫 む 5-14)

 

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