イタズラ電話

海外・国内文学、人文、自然科学などのジャンルを中心とした読書の感想を綴ります。光文社古典新訳文庫、平凡社ライブラリー、講談社文庫、ちくま学芸文庫などが多めです。時たま、古墳散策とタイピングについての記事も。

【読書・国内・エッセイ】ねにもつタイプ (ちくま文庫) 岸本 佐知子 (著)

まるで著者の性格を一言で表したかのようなタイトル(本人は文中で否定しているけど)に、日常生活で感じるよしなし事が綴られた文章。

こうした構成の本を読むと、脊髄反射的にエッセイ集の類なんだろうなぁと分類してしまう。

しかしエッセイだと決めてかかって読んでいると、三行先で深みに嵌る、そんな読み物だった。

国会図書館に調べ物に行く話(「お隣さん」)では、著者と隣り合っているという「炭焼き」の「岸本Q助」氏の名前を見て、なんとなく倉橋由美子「スミヤキストQの冒険」を思い出した。

あの作品を意識していたりしたら、面白いけど。

 

ねにもつタイプ (ちくま文庫)

ねにもつタイプ (ちくま文庫)

 

 

【読書・人文書・心理学】ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) ダニエル・カーネマン (著), 村井章子 (翻訳)

ノーベル経済学賞受賞者が著した、人間の認知と思考の癖を紐解く一冊。

瞬時の判断を司る「速い」思考と、論理的判断を司る「遅い」思考の特徴についての記述が興味深く、 これまで漠然と感じていた、自分自身を含めた人間一般の思考の癖(手元にある情報から都合の良い因果関係をでっち上げる、イメージを元にした連想から、評価基準の異なる事象どうしを評価してしまう...など)への不信感が確かなものになった。

ただし、これ自体が認知のバイアスであるかもしれないということもこの本は教えてくれるのだが...。 

 

【読書・海外文学】天使も踏むを恐れるところ (白水Uブックス―海外小説の誘惑) E.M. フォースター (著), 中野 康司 (翻訳)

天使も足を踏み入れるのを恐れるところに、愚か者は飛び込む───。

本書のタイトルは、アレクサンダー・ポープによる有名な格言が元になっているそうだ。読み終わって始めて、この格言の意味がわかった。

裕福で世間体を重んじるイギリス中産階級の一家と、経済的には貧しいが自由奔放な生活を送るイタリアの片田舎の若者という対照的な人びとは、一人の“愚か者”の行動が元で、ぶつかり合うことになる。

特に注目して貰いたいのは、ヘリトン家の近所に住まう慈善事業に生涯を捧げる女性、キャロライン・アボット

序盤ではごく退屈な女性でしかなかった彼女の印象は、イタリア訪問をきっかけに大きく変わり始める。

そして、喜劇的要素は影を潜め、終盤では息も詰まるような衝撃の展開が繰り広げられる。その場面を挟むような、フィリップとアボットの独白は特に印象深く、ほぼ全文を写し取ってしまった。

 

天使も踏むを恐れるところ (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

天使も踏むを恐れるところ (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

 

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kvjdyey.hateblo.jp

 

 

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【読書・海外文学】死の家の記録 (光文社古典新訳文庫) ドストエフスキー (著)

地下室の手記」以来の惹きつけられる読書体験。美しい悪夢を見て、ぐったりと疲れて目覚めたときのような読後感に浸れる。監獄の灰色の日常の中で異彩を放つ降誕祭の場面、特に囚人たちによる演劇のシーンと、読んでいるこちらまで少し後ろ髪を引かれるような気分になる出獄のシーンが好き。

 

死の家の記録 (光文社古典新訳文庫)

死の家の記録 (光文社古典新訳文庫)

 

 

【読書・海外文学】イー・イー・イー タオ・リン(著)

「優雅な読書が最高の復讐である」に載っていた訳者の山崎まどかさんの解説を読んで興味を持ったので読んでみる

身の回りの誰かを思い出す、不毛さと鬱屈した感情の洪水だった。登場する「イルカ」はなんとなくWindows XPの例のイルカ(人によっては見ていると腹が立つらしい)で想像してしまった。ジュンパ・ラヒリへの妬み嫉みが伝わる箇所が多く、苦笑いさせられることもままあった。

山崎まどかさんの切れ味の良い解説文を読んでいなかったら、内容を消化しきれていたかは不明である。

 

イー・イー・イー

イー・イー・イー

 

 

【読書・海外文学】城 (新潮文庫) フランツ・カフカ (著)

永遠によそ者を拒み続ける「城」の見下ろす村で、主人公Kが翻弄され、爪弾きにされていく物語である。不条理文学というといかにも堅苦しく聞こえるが、自分になんら落ち度がないはずであるのに、周囲の人間からの圧力によって、自分の意志を捻じ曲げざるを得ない状況というのは、誰の人生にも起こりうることだろう。カフカの作品を読むことで、気づかされることは多い。

本作で特に印象的だったのは、終盤のペーピーの長い独白だ。 Kとフリーダの奇妙な同棲は、人格を認め合うのではなく、単にお互いを近づきがたい城へのコネクション(=フリーダ)と、自らを汚すに相応しい、最も下等な相手(=K)と見なすことで取り持たれていたという指摘が、鳥肌ものだった。

前田敬作さんのあとがきも明快だった。自己疎外される現代社会の不条理を看破したのは、永遠の異邦人とされたユダヤ系のカフカマルクスである。

 

城 (新潮文庫)

城 (新潮文庫)

 

 

【読書・人文書】ハンナ・アーレント - 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者 (中公新書) 矢野久美子 (著)

アーレントの生涯を通じて、その思索を辿る一冊。 民主主義国家が全体主義に陥る過程は、決して一度きりの悲劇ではなく、戦後の世界でも起こりうる問題であること、 個人を結びつける世界がなくなり、その関係性が「砂漠化」することが、全体主義による人々の組織化を可能にしていることがわかった。

所々で引用されるアーレントの「歴史の歪曲と垢を洗い落とした」言葉遣いからは、その透徹した思考の一端を垣間見ることができる。